日本で学校プールが一斉に整備された背景には、いくつかの社会的要因がありました。なかでも1955年に起きた「紫雲丸事故(児童含む168人死亡)」は、子どもの水難事故に対する危機感を全国的に高めました。「泳げない子どもを減らそう」という機運が広がり、学校での水泳指導が重要視されるようになっていったのです。
さらに1964年の東京オリンピックによるスポーツ熱、そして高度経済成長のなかでの建設ラッシュが重なります。当時の文教施設整備は、学校建設を通じた地域振興の性格を持っており、「すべての学校にプールを」という考えが政治的にも推進されました。結果、日本の学校プール設置率は先進国の中でも異常に高く、地方の小規模校にまでプールが整備されたのは、世界的に見ても特異な事例です。つまり「学校を建てれば地元が潤う」という構造が、当時の政治と行政の一体運営の中で生まれていたのです。
また同じころ、公営プールも並行して建設ラッシュを迎えました。こちらは市民向けの健康促進施設という意味合いが強く、温水設備を持つものも多く建てられました。
しかし、これらのプールには「寿命」があります。一般に屋外プールの耐用年数は30年、改修しても50年程度とされます。1960~70年代に整備された多くのプールは、すでにその改修期を迎えており、全国で「建て替えるか、廃止するか」の判断が迫られています。建て替えると2~3億円はかかるそうです。
実際、以下のようにプール施設数は減少の一途をたどっています:出典:笹川スポーツ財団の調査
年度 | 学校プール数 | 公営プール数 | 民間プール数 | 合計施設数 |
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1996 | 28,000 | 6,523 | 1,900(推定) | 36,423 |
2002 | 26,728 | 6,000 | 1,835 | 34,563 |
2018 | 22,036 | 3,914 | 1,428 | 27,378 |
減少率(1996比) | -21% | -40% | -25% | -25% |
とくに公営プールの減少率が大きく、フィットネスジムなどの民間施設との競合や、維持費の重さが背景にあると見られています。民間プールも人口減少とともに経営が苦しくなり、縮小傾向にあります。
一方、学校プールについては、老朽化による維持費の高騰や利用頻度の少なさ(夏季に年間10回前後の授業のみ)から、「費用対効果が見合わない」として、次々に廃止されつつあります。代わりに、民間のスイミングスクールや地域の公営温水プールを活用する動きが加速しています。
この「学校プールの廃止→民間委託」の流れは、学校にとっては施設維持費の削減、民間にとっては経営の下支えという意味で、ある種のWin-Win構造を成しています。公営プールを活用するケースもありますが、民間への委託の方が専門的な指導員も委託できるので選ばれやすい傾向があります。
学校プールの廃止が加速しているのは、人口減が顕著な地方部からです。今後は、学校自体の統廃合が進む中で、学校プールはもとより公営も民間のプールもなくなる現象がさらに広がっていくでしょう。
かつては、川の近くに住む“田舎の子”だけが泳げる時代がありました。ところが今後は逆に、都市に住む子どもたちだけが水泳に触れられる──そんな社会になっていくのかもしれません。
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